(株) 花まるラボ 川島 慶
「じゃんけん」をこわがる子どもたち
ある児童養護施設を訪れたときのこと。40人ほどの1〜6年生の相手をすることになり、まずは打ち解けようと、簡単なゲームをしました。先生のところまでを往復するリレー形式のチーム戦。先生のところまで来たらじゃんけんをして、勝つまでバトンを渡せません。じゃんけんにすんなり勝てた方が有利になる、というルールです。色んな場所で子どもたちに人気抜群のこのゲーム。当然、みんなが目を輝かせて、活き活きと躍動する姿を思い描いていました。
すると、予想していなかったことが起こります。子どもの多くが、「じゃんけん」をすることを嫌がるのです。躍動するどころか、ゲームに消極的な姿を見せる子どもたち。これまでの私の経験は、そこでは通用しませんでした。
彼らは、「じゃんけん」という確率に基づいた簡単なゲームにすら、「自信」を持てず、どうせ負けてしまう、と思っていたのです。計算や識字にも確かに困っていたのですが、より根本として、「自分に自信を持てず、それ故に、意欲を持てない」という、大きな問題を抱えていました。
これが、わたしが今の世の中を「意欲格差社会」だと思い、問題意識を持つようになった原体験です。
破壊された格差、広げられた格差
東進ハイスクールをご存知でしょうか。林修先生のCMでお馴染みになりましたが、同校が一流の先生の授業を「映像授業」として提供したことで、教育の「地域格差」は破壊されました。ただし、この恩恵を受けられるのは経済的に豊かな人に限られ、「所得格差」は依然として残されていました。続いて、これを破壊したのが、「MOOCs」や「スタディサプリ」といった、革新的なサービスです。それぞれオンラインサービスとして、前者は大学の講義を無料で受けられるようにし、後者は予備校の授業を月額1,000円で受けられるようにしたのです。
いずれもすばらしく意義のある破壊でしたが、そのサービスを享受できるのは、もともと学ぶ「意欲」を持っていて、情報活用リテラシーもある、一部の人だけです。むしろそうしたサービスの普及によって、そもそも自信や意欲を持てない人との格差は広がったと思っています。何でも自分で調べられる、学べる時代になったがゆえに、皮肉にも、リテラシーやそもそもの「意欲」で、差がつきやすい世界になってしまいました。
「意欲」がなければ、はじまらない
じゃんけんを嫌がるほど自分に自信がない子どもに、「やる気になれば使えるサービスがこんなにあるよ!ほら、やる気になろう!」と伝えても、それは意味をなさないのです。そして、そういった意欲、自信を持てない子どもたちは、どんな地域の、どんな所得層においても確かに存在しています。
なぜ「自信」や「意欲」を持てないか。その答えは「自己肯定感」にあります。子どもにとって、母や家族から受ける無償の愛情、承認によって得られる自己肯定感がいかにその後の成長にとって重要か、ということを実感してきました。自己肯定感は、根拠のない自信につながり、根拠のない自信は、困難な壁にぶつかったとき、「自分なら乗り越えられる」「きっとなんとかなる」と課題を解決するための第一歩につながります。
逆を言えば、こういった環境に恵まれなかった子どもたちは、「認めてもらう」経験が無いが故に、いつまでも、「自己肯定感」を高めることができず、社会に取り残されていってしまうのです。
教育格差論争の狭間に置き去りにされている、「意欲格差」の問題。これこそが、真に解決すべき課題であると考え、「誰でも」きっかけさえ与えれば、自然に続けていくことのできる「教材」を作ることに心を傾けてきました。
教材の持つ可能性を信じる
「意欲格差」を無くすカギは、「教材」にあると思います。もちろん、素晴らしい教員や学校が存在すれば、それに越したことはありません。しかし、そういった環境に無い子どもでも、素晴らしい教材さえあれば、「自己肯定感」を高める経験を積み、学ぶことへの意欲を持つことができる。あれこれと教えなくても、「やってごらん」と手渡すだけで、夢中になり、子どもが躍動していく。そして、そこにいる先生や大人たちが、その様子を見て、本当に大切なことに気づくことができる。良い教材には、そんな大きな可能性があると信じています。
一般の子どもたちを集めて研究授業を行い、国内外で1万人以上の子どもに教材を使ってもらいながら試行錯誤を繰り返すなかで、今では、その可能性を確信しています。
終わりに
弊社では、これまで多くの方に支えていただき、有料で提供していたアプリ教材「Think!Think!」を、この3月から完全に無料化しました。まずは一人でも多くの子どもたちに届くものであってほしいと考えたからです。
世界中の教育から「意欲格差」が消え去り、全ての子どもたちが活き活きと学ぶ世界を目指して、これからも、一歩ずつ歩みを進めていこうと思っています。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
Think!Think!のダウンロードは下記リンクからどうぞ
川島 慶
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