150ヶ国200万人以上のユーザーが使う思考力アプリ「シンクシンク」やSTEAM領域の通信教育「ワンダーボックス」など、子どもの「知的なわくわく」を引き出すようなアプリやコンテンツを作る会社、ワンダーファイ。
代表の川島は、算数オリンピックの問題制作や、ベストセラー問題集「なぞぺ〜」の制作も手がけており、「中学入試算数は重要文化財だ!」と言うほどの数学・算数オタク。ワンダーファイのコアバリューも「数式」で定義しているほどです。これまでも独自に中学入試算数速報を毎年行い、その年の出題傾向や良問などをまとめたコラムを発信してきました。
そんなワンダーファイでは、2020年から「さらに中学入試算数の問題の奥深さ、美しさを知ってもらいたい!」という思いで、川島の独断と偏見で選ぶ「中学入試算数 良問大賞」を発表しています。今年も、一人でも多くの方にわくわく溢れる中学入試算数の世界を知っていただいたり、「いやいや、この問題も素晴らしかった!」などの議論が盛り上がるきっかけとなれば幸いです。
尚、各校の問題と解答については、こちらの記事をご覧ください。
・対象となる問題は筆者が確認できたものに限定されており、全ての入試問題ではありません。
・本発表はワンダーファイによる独自の選出であり、各学校と一切の関係はなく、金銭的な対価の発生も一切ありません。
ワンダーファイ代表 川島 慶による2023年中学入試算数統括
今年の各校の入試問題を見ると、特にほとんどのトップ校において、「誠実な難問」を出題しながらも、全体の問題構成が非常にバランス良く、算数の入試問題として取り組みやすくなっています。これは、ここ数年での中学入試算数での傾向がより顕著に表れていると感じています。
筆者の定義する「誠実な難問」とは、「一見、似たような問題や設定を見たことはないものの、本質を正しく理解しており、基本的な知識をもとに試行錯誤できれば極めて自然に解ける、正当な厳しさを伴った問題」です。
冒頭で「取り組みやすく、算数の入試問題としてバランスの良い構成になっている」と書きましたが、もちろん難しい問題の対策をしなくてよくなった、ということではありません。「誠実な難問」とは要するに、基本的な知識の正しい理解に根ざした、思考力が問われる問題と言えます。つまり、重箱の隅を突くような知識や解法・パターンを丸暗記する学習では対応しきれず、本質的な理解を促す学習が求められることになります。
一方で出題傾向や問題構成は、1回のテストという形式で受験生を選抜するために、各学校が過去20年以上にわたり積み重ねてきた文化でもあります。もし「誠実な難問」だけを出題すると、算数が得意な受験生に有利に働きすぎる問題構成になってしまう。したがって、ある程度は習ったことを再現するような、努力が報われる問題も出さざるを得ない。そのような出題する側の葛藤もあるように思います。
それでも今年の入試問題で見られる傾向は、以前のような過負荷な反復学習でなく、本来あるべき学びが正当に報われるようなものに変化してきています。
この一連の傾向は、2019年に初めて純粋な計算問題が出題されたことでも話題になった、ここ数十年の東大数学の流れとも同じだと考えています。もし興味のある方はぜひこちらの記事をお読みください。
いずれにせよ良問や良い出題形式、問題構成が、中学入試全体を取り巻く文化として近年特に伝播していると感じます。そして、そうした文化に影響を与える筆頭の存在である開成中学の入試問題が、4年連続でバランスの良い素晴らしい出題であったことは、この伝播の流れを今後もより加速させていくことでしょう。
2018年の記事で書いたように、難関校が「目新しいけれど高度な知識があれば有利になる問題」を出題すると、一部の受験塾が出題傾向をパターン化して対策することでいたちごっこが起こります。これまで、中学受験に取り組む子どもたちは、こうしたパターン化された対策の反復学習を強いられることで、学習負荷が年々高まっていく傾向にありました。しかし、有名難関校の入試が思考力そのものを問う「誠実な難問」を中心とした出題になれば、他校もそれに追随し、受験対策のカリキュラム自体も見直されていきます。私は今年の入試問題を見て、この流れに終止符が打たれる日も遠くないのではないかと期待しています。
中学受験をする子どもたちは、貴重な小学生時代の多くの時間を受験勉強に当てます。その子たちにとっての学びが、算数本来の楽しさを噛み締められるような、健全で素晴らしいものに変わっていくことを引き続き強く願っています。
ワンダーファイ 中学入試算数 良問大賞2023
ここ5年ほど、問題構成としてのバランスの良さが際立っていた聖光学院。
限られた時間の中で受験生が取り組みやすく、選抜試験としても機能しやすい問題構成を追求してきた様子が想像されます。
時針、分針、秒針の3つを考える問題で、非常に面白い問題でした。
通常の時計では、これらの3つが重なるタイミングは、12時ぴったりしかありませんが、時針と分針が重なるときに秒針も重なるように秒針の速度を変える。そんな状況を一緒に考えてみませんか、という問題です。こういった出題には、激しく私は共感しますし、算数、数学、もっと言えば、学問の面白さであると思います。
そんな状況考えても意味ないじゃん、と思われるかもしれません。しかし意味があるかどうかはわからないけど、面白いことが起こる気がして考えてみると、そこから思わぬ発見が生まれて、他のことにも応用できるような定理や概念に繋がっていく。
そして、いきなり上記を考えるのは限られた時間では大変ですので誘導も見事でした。今年を代表する問題として選出させていただきました。
パズル系の問題は、中学入試でも例年沢山扱われています。
その中で迷路の一部の道を空白にして自由度を持たせ、何通りのゴールへの行き方があるか、というシンプルながら非常に面白い問題です。
空白の数がやや多く、実際に正答を導き出すのは簡単ではありませんが、場合の数に関する正しい理解が求められる、誠実な難問であると言えます。
サッカーW杯が昨年末に開催されましたが、サッカーのシュート練習に関する問題です。
わかりやすくサッカーの設定で状況を説明していますが、一対一で勝負する局面を切り取ったとしたら何にでも置き換えられる話ではあります。
「参加者全員が平等の機会を与えられるためには、どういうふうに練習を設定すべきか」
という、子ども同士の遊びにしろ、課外活動にしろ、多くの子どもが何らかの形で取り組んできたテーマの核心に迫る問題です。後半では、複数取りうる答えとしてふさわしい条件を正しく捉える必要がありますが、その条件が他の整数問題ではあまり見かけない帰結になりまして、整数問題としても非常に面白い問題でした。グランプリに選ぼうかと最後まで迷った問題でもあります。
昔から、数学が生活にどう役立つかということを扱った本によく取り上げられるテーマである、陽性陰性の検査の精度に関する問題です。直感と異なる意外な結論だからこそ、過去からよく取り上げられてきたのだと思います。その結論とは、陽性の検査結果だからといって、実際に感染しているかどうかは、(おそらく)直感や印象とは異なる確率ですよ、ということです。
ここ数年、陽性か陰性かということについては、多くの人が気にされてきたことだと思いますが、検査結果に対して、どう正しくあくまで確率として捉えるべきか、ということについて、問題提起にもなっている問題かと思います。
あくまで私の予想ですが、新型コロナウイルスが猛威を振るった後初めての入試である、2021年度から出題しようとアイディア自体は着想されていたが、世情の状況を考慮し、今年の出題に至ったのかもしれません。
女子学院に同じ設定の問題が今年出題されていましたが、栄光は抽象化して100×100のマスで考えることが求められています。そのまま考えるとかなり難解ですが、誘導が絶妙でした。(3)(4)の十分性は解答を書く上では不要なものの、(4)の解の十分性を確かめる際に、(2)の結果や、(例)(1)の動かし方を使うことができるので、どの問題も繋がっているように緻密に作られています。
分野別部門
昨年も、2022を使った問題として選出されていた東大寺学園ですが、今年も整数問題として選出されました。共通しているのは、誰も行ったことのないような条件に当てはまる数を探してみるのですが、直感とはやや異なる、意外な(そして個人的には美しい)数の神秘に迫っていく点です。整数問題は、毎年見たことのない名作問題が沢山生まれていますが、中でも東大寺学園の出題は独創的です。
3辺が整数⽐である三⾓形2種類を⽤いて辺の⻑さの⽐を求める問題です。適切な補助線を引き、⼆等辺三⾓形の性質や⾓度(「あ」と「い」の関係式)を駆使することで綺麗に解くことができます。特に、あ+あ+い=90度という綺麗な関係式は「こんな性質があるのか!」と驚いた受験⽣もいたかもしれません。平⾯図形の美しい性質を暴き出すような傑作問題です。
この性質を予め知っていた受験⽣はほぼいないでしょう。今後、これを知識として⾝に着ける学習を指導者が強いることのないように願います。
反射は、平面図形の中の一分野ですが、反射の面白い性質をいかした非常に秀逸な出題でしたので選出しました。反射がテーマの問題を解決する手段として、「反射する面を鏡に見立てて、対称に作図してみる」ということを、海城を受ける受験生であれば一度は経験したことと思いますが、そのことに対する正しい理解を問う誠実な難問でした。最後は整数問題に帰着するところもお洒落です。
「漏れなくダブりなくできるだけ⼯夫して効率的に数える」という場合の数の本質に迫った問題です。そして、その本質を⾃由⾃在に体得している⼈の考え⽅に導いていくような⾒事な出題でした。今後多くの塾のテキストや問題集に利⽤される問題かと思います。
(1)を間違えると続く残りの問題全て間違える構造でしたので、受験生にとって⼼理的に酷だったとは思いますが、解き⽅のプロセスに配点することで救済しているのかもしれません。
立体の切断は、上位校を中心に毎年多く出題されているテーマです。その中でも、試験の限られた時間で切断に対する正しい理解を問う絶妙な出題でした。
切断は、本質はシンプルなものの空間認識を伴うので、毎年多くの受験生を悩ませ、だからこそ繰り返し出題されるテーマでもあります。
(宣伝になり恐縮ですが、切断の学習には弊社のアプリ「究極の立体<切断>」がおすすめです。ぜひ一度ご検討ください。)
以上、ワンダーファイ 中学入試算数良問大賞2023でした。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
ご覧いただいた通り、各学校から、算数の楽しさが凝縮された、思考の本質を問う素晴らしい問題が、毎年たくさん生まれています。中学入試そのものの是非や意義については、様々な見解がありますが、中学入試における算数問題の素晴らしさは、日本が世界に誇れる「文化」だと筆者は常々感じています。
重ねてになりますが、このように、良問や良い出題形式が、中学入試全体を取り巻く文化として近年伝播していると感じます。
中学受験に携わる指導者の方々におかれましては、過度に過去問のパターン学習・反復学習を強いるのではなく、いかに子ども達が算数の楽しさを噛み締めながら学べるか、という点に今一度、目を向けていただければ嬉しく思います。
当社では今後も、子どもたちがわくわくしながら取り組める学びを追求し、アップデートしていきたいと思います。是非ともご期待ください。
川島 慶
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