【2019中学入試算数】世界に誇る日本の「中学受験算数」。 今年も生まれた世界最高峰の美しい問題を振り返る。

(株) 花まるラボ代表 川島 慶

あまり知られていないかもしれませんが、日本の中学入試算数には、私からすると重要文化財レベルと言うべきほど、趣深く、価値のある問題が溢れています。その水準は世界でも突出しており、純粋な思考力を試す至高の問題群は、まさに世界に誇るべき日本の文化だと思うのです(中学受験自体の是非・功罪はさておき)。

私はこれまで、算数オリンピックの問題を手がけたり、150か国で使われる子ども向け思考力育成アプリ「シンクシンク」を開発したりする傍ら、奥深さに魅せられ、自らが中学受験を経験してから20年以上にわたり、ほとんど趣味として中学入試算数の問題を毎年欠かさずチェックしています。

今年の中学入試でも、平成の閉幕を飾るにふさわしく、各校から素晴らしい問題が多数出題されました。例年に比べてさらに激しく、それぞれの学校から独創性に富んだ良問が出題されているのが印象的でした。いくつか例をあげて、振り返りたいと思います。

西の雄が放つ、美しくオシャレな問題。

他校に先駆け、例年1月に行われる灘中の試験は、例年以上に、見たこともないような美しい問題の宝庫でした。なかでも、圧巻はこちらの問題です。

377を6回も掛けて、何をさせたいのかと思われるでしょうが、
377は13×29に分解できて、
13を14で割ると、1足りない
29を14で割ると、1余る
という性質を利用すると、簡単に解くことができる、実にオシャレな問題です。

また、同校名物といえる、「”見たこともない展開図”から組み立てられる立体の求積問題」は今年も出題されています。ただし、今年のそれは、歴代最高難度といえる難しさでした。

 

世界最高峰。エリートオブエリート選抜試験の凄みと気品。

筑波大駒場の算数は、理系の現役東大生ですら、ほとんどが解くのに1時間はかかるでしょう。そんな難問の数々を、制限時間「たったの40分」で解くことを求める、まさにエリートオブエリートを選抜する試験です。
今年は全体的に例年より更に難しく、制限時間を考慮すると、世界一難しい選抜試験のひとつと言っても過言ではないでしょう。その中でも特に斬新で興味深い問題がこちら。

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最小限2回なぞることを許して、一筆書きをしたときに、2回なぞる線の選び方を求める、という斬新な設定の問題です。本問の場合、出発点がA点と決まっているので、「奇数本に分岐する点が生まれないように、線を取り除く取り除き方」がこの問題の核心ですが、20年中学入試算数を見てきても、この核心が背景にある問題は見たことがありません。

 

<一部省略>

また、大問4の最後の問題では、BCの長さが与えられていることに、「?」となる受験生が多かったかと思います。そこに気づくと、知的躍動が生まれます。最高に厳しい入試の中でも、最後の最後に受験生の知的躍動を誘発するような仕掛けが用意されており、インテリでオシャレな問題作成者の気品を表すかのような問題構成でした。

 

頻出テーマの景色を変えた「設定」の妙。

毎年男子校に負けないくらい東大理科3類の現役合格者を輩出する、女子校御三家のひとつ桜蔭中学からも、とんでもなく美しい問題が生まれました。

<一部省略>

時計の針が重なる時刻を求める問題は、中学入試算数の頻出テーマのひとつです。しかし、実際に入試で出される問題では、通常の時計であれ、通常と異なる特殊な時計であれ、答えを求めるための計算が、やや煩雑になる傾向にありました。
同校は、その計算の負荷が極めて少なくなるように、時計の設定を絶妙な「特殊さ」に設定して出題しています。「特殊な時計」問題は、駒場東邦でも非常に斬新な形で出題されていました。

また、東京御三家の一角、麻布中学では、例年、算数や数学の美しさを背景とするような問題が出題されます。今年も、99×50と、99×49の最小公倍数を求めることに帰着されるような、趣深い問題が出題されました。

神奈川御三家、栄光学園・聖光学院では、多変数を扱う問題がそれぞれ出題されています。

トレンドを生む最難関校。その問題の美しさと、学習範囲拡大の弊害。

中学入試算数の盟主といえる開成中学からも、その面白さを象徴するような問題が出題されました。

<一部省略>

いわゆる「最短経路の道順」問題をひねった問題で、2年前に灘が出題してから、昨年は栄光が、今年は開成が、それぞれのオリジナルアレンジで披露し合っており、密かに最難関校のトレンドになっていると感じます。

一方で、導入つきではありますが、中学の学習範囲である「背理法」を訓練している人に明らかに有利に働く問題も出題されました。(大問4)

背理法は、小学生が学習すべき範囲を超えています。とはいえ、出題される以上、準備するしかなく、結果として来年以降、受験生に更に負荷がかかることが予想されます。

例年繰り返し主張していることですが、開成に代表されるトップ校によって、本来、中学以降で身につける特定の学習内容が有利に働く出題がされると、パターン化することで対策を講じている一部学習塾とその生徒は、学習量を増やすという対応をせざるを得ません。

平成の次に来る新しい時代には、先の最短経路問題のように、本質的な「思考力」を問うような素晴らしい問題が多く出題されることを望みます。

 

人生を彩る糧となるような、本質的な学びを。

このように、中学入試算数の世界では毎年必ず、世界に類を見ないほど趣深い問題が生み出され続けていますが、その一方で、学びの本質から逸れた、知識や反復学習を過度に強いる問題が生まれていることも事実です。

受験生の学びを方向付ける責任を担う有名校、そして業界をリードする学習塾には、「小学生の有限で貴重な時間が、一生を彩る糧となる学習の時間に変わる」ような出題の追求、およびその準備学習を模索してほしい、と切に願います。

そうした素晴らしい問題に触れることで、考えることが大好きになった次の世代の子どもたちは、きっと私たちや世界をあっと驚かせるような、新しい時代を創っていくことでしょう。

また、私自身は学習教材を生み出す立場として、これからも子どもたちの知的躍動を引き出し、考えることが好きでたまらなくなるような教材を生み出し続けていきたいと思っています。

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。

 

 

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川島 慶

代表取締役 COO(チーフクリエイティブオフィサー)ワンダーファイ株式会社
東京大学大学院工学系研究科修了。算数・数学好きが昂じて学生時代よりベストセラー問題集「なぞぺ〜」の問題制作に携わる。2007年より花まる学習会で4歳から大学生までを教える傍ら、公立小学校や国内外児童養護施設の学習支援を多数手掛ける。2014年株式会社花まるラボ創業(現:ワンダーファイ)。 開発した思考力育成アプリ「シンクシンク」は世界150カ国250万ユーザー、「Google Play Awards」など受賞多数。2020年にSTEAM領域の通信教育「ワンダーボックス」を発表。算数オリンピックの問題制作に携わり、2017年より三重県数学的思考力育成アドバイザー。