(株) 花まるラボ 川島 慶
世界に誇るべき伝統と様式美
2月25日、今年も東京大学の前期日程二次試験が実施されました。日本の最高学府として君臨し続ける東京大学、中でもその数学の試験問題には、脈々と流れる伝統と、世界に誇るべき美しさを見ることができます。余談ですが、大学入試時点における数学のレベルにおいては、ハーバードをはじめとする世界の名だたる名門大学を遥かに凌駕しているのが、東京大学です。
2020年の入試改革が喧しく取り上げられるその遥か60年以上も前から、東大は、本当に受験生に学んできて欲しいことを一貫して問うている。歴史に刻まれてきた過去の問題群から、私はそう考えています。
本質を質す、「誠実な難問」
東大が一貫して求めてきたもの。それは、「正しい理解」に主眼を置いた学習です。同校の入試では、一見、複雑で難解、見たこともないような問題が出題されます。しかし、これらの問題は、本質を正しく理解していれば、極めて自然に解ける、「誠実な難問」とでも呼ぶべき、正当な厳しさを伴った良問なのです。こういった問題は、本質的な理解を犠牲にして、解法・パターンを丸暗記する「努力型」の学習をしてきた受験生にとっては成果の表れにくい問題です。
ひとつの問題から、発展的な課題を導き出す
今年の出題から、第5問の例を紹介します。この問いは、ほとんどの受験生が、全く同じ問題を見たことは無かったでしょう。しかし、二次関数の共通接線をテーマとした、基本的な問題ともいえます。この問題は、ここから、さらに新しい課題を自分で見出しやすい問題で、出題者側にも恐らくそのような意図があると思われます。
本問題の(2)では、「傾きが2のときに、共通接線が3本存在することを示す」ことが課されています。これを下敷きとして、受験生や過去問を解いた学生が「発展的」に課題としうる問いとして、「では、共通接線が3本となるのはどういった時なのか」という探求テーマがあります。
詳細の解説は別記事に譲りますが、入試のその瞬間だけでなく、未来に向けたメッセージを含有した、深みのある良問の好例と言えるでしょう。
東大に合格するための勉強法・新説
「東大に合格するための勉強法」と書くと、いかにもマニュアル化された、陳腐なタイトルに見えてしまうでしょうか。ここでは、所謂テクニック論からは遠く離れ、東大が出題する「誠実な難問」に込められたメッセージを受け止めた上で、成長の過程において、それぞれのステージで、どのように「勉強」や「数学」と向き合い、学んでいくべきかを、私なりに書き示したいと思います。わかりやすく「東大」と書きましたが、それに限らず、広く適用しうるものだと考えます。
《幼少期(〜小学生)》
「考えることが大好き」になる 感性が躍動する
幼い頃の経験や成功体験は、自己形成に大きな影響を与える原体験となります。この時期には、何しろ「好きで好きでたまらない」という精神状態を作ることが大切です。
まず何よりも、外遊びや原体験を通して、好奇心や豊かな感性を養うことです。そして、良質な教材やパズルなどに主体的に取り組むことによって、空間認識力やイメージ力といった、この時期にこそ伸びる力を大きく伸ばすことが重要です(もちろん、基礎的な学力(計算力)が必要なことは言うまでもありませんが)。
こういった本質的な学習や、家庭・学校生活において培われる豊かな感性・学習観の醸成が、幼少期においては最も大切です。小さな成功体験、「分かった!」という体験を積むことで、根拠の無い自信が持てるようになり、それが新たな好奇心に繋がります。こうした「躍動」を伴う思考体験を重ねると、考えることが好きになっていきます。この繰り返しが、自分で遊びを作り出したり、問題を生み出したりできる、何かを創り出す力を持った子どもに成長させていきます(これについてはこちらの記事で詳しく書いています)。
《中学生期》
葛藤の中で思索を重ねる 正しさを自分の中に見つける
この時期は、「葛藤」を経ることで、自分の中に「正しい」と思えるものを築いていく経験が大切です。
今まで根拠なく直感的に信じていたこと、正しいと思っていたことを、突き詰める経験が重要になってきます。一つのものを突き詰めると、自ずと新たな深い問題が発見されてくるので、それをその子ながらにまた突き詰め、解決していく。こうして、子どもの思考は、どんどん深く、広くなります。
自然と、自分自身の経験の中での葛藤を踏まえた、「哲学」をするようにもなります。私自身も、人生で初めて、愛とはなんだ、祖父母はなぜこんなにも自分を大切にしてくれるのか、などと考えたのは、この時期でした。実生活でも、仲間との生活を通して、豊かな葛藤経験を最も積める時期でしょう。
数学において、突き詰めて論理的に考えていく題材としては、幾何(図形の証明)がオススメです。理解できた時の感動が大きく、また、わかりやすいからです。代数(例えば方程式)については、ごまかし無く正しく理解するのは、もう少し先で良いでしょう。この分野は、論理的な飛躍の全くない理解をするのは難しく、躍動に対してのハードルがとても高いといえます。
《高校生期》
良問と対峙する 深く、理解する
この時期に、単純に指導要領を先取りした学習を積むより大切なことは、なんとなく分かったと「ごまかす」のではなく、深い理解に根ざした学習をすることです。
単に問題の「正解」に辿り着くことではなく、その過程の推論を正しく組み立てる力を身に着けることが重要なのです。そういった力が身に着くと、基礎概念としての定理の証明や、各定理間を繋ぐ数学的な思考にも興味が向いていきます。こうなると、同じ問題に取り組んでも、そこから新しい問題を自分で見出し、それに対する証明をさらに考えていく、といった、「数学」の最も重要な要素を楽しむ境地に達することができ、そういった鍛錬を積み重ねていくことが、とても大切だと思います。
入試対策としては、一問が十問分の価値を持つような良問を、一問ずつたっぷりと時間をかけ、味わいながら学ぶことを勧めます。ここでいう良問とは、問題を解いた後に、さらに深い問題が発見されるように工夫された問題であり、東大は(少なくとも)六十年間にわたってこういった問題を、意図的に作り続けています。
今年の出題に隠された、ヒドゥン・メッセージ
東大の入試問題は、上述したような学習姿勢を持った学生が有利になるように設計されています。学習指導要領の範囲を確信犯的に越えて、問題にメッセージを持たせているように思えます。
好例は、今年一番の難問であった、第6問です。
この問題の(2)には、現時点で確認する限り、どの解答速報でも言及されていない、実にエレガントな別解があります。通常のxy座標を用いるのではなく、極座標で表した関数を積分した方が、より簡明に解くことができ、これこそが、(1)の設問からも読み取れる、東大が意図した理想的な解法であったと、私は確信しています。
これには、一般の教科書には載っていない、「極座標で表される曲線で囲まれる部分を軸の周りに一回転した立体の体積」を求める定理を用いる必要があり、これは正に、指導要領の範囲にとらわれず、自ずと湧き上がる疑問に対して向き合ってきた受験生に有利になるような問題、と言えるでしょう。
今回のケースでは、東大を受験する学生であれば誰もが知っている別の定理に触れた際に、そこから、「軸の周りを一回転した体積はどのように求められるのだろうか」などと、より深いテーマに興味を抱けるかどうか、といった具合です。ちなみに、このように極座標表示をした際に、それ以外の解法よりも圧倒的に美しく解ける過去の問題としては、2004年の第3問などがあります。
連綿と綴られていく、「問題」という名のメッセージ
このように、それぞれの問題が、圧倒的に深く考え抜かれているのが、東大入試の数学です。これらの問題が、翌年には「過去問」として、対策学習の対象とされることも充分に認識した上で、です。その「過去問」を深く味わいながら解くことが、受験生にとって「正しい学習」となるように、彼ら、彼女らの道を正しく照らせるように。そんな自負と責任が、問題から滲み出るように感じられます。
一回の、たった150分足らずの選抜試験で出来る限界も認識しながら、なお、その枠組みの中で最善の出題を追究し、受験生へのメッセージとして、発信し続けているのです。
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川島 慶
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